名香水を読む|第1回:革命としてのNo.5 ― ココ・シャネルの香り哲学
「香水をつけない女に未来はない」
そんな強い意志を形にした香りが、Chanel No.5(シャネル・ナンバーファイブ)です。
1921年、ガブリエル・“ココ”・シャネルは、自身初の香水を発表しました。
調香を任されたのは、かつてロシア皇帝の宮廷で香りを生み出していた名調香師エルネスト・ボー。
エルネストは1番から5番、20番から24番までの試作品を用意し、その中からシャネルが選んだのは“5番”と書かれたボトルでした。
彼女がこの香りに“5”の名をつけたのには理由があります。
「私のコレクションは5月5日、5番目の月の5日に発表されるの。だから番号は5のままでいいわ。きっと幸運を運んでくれるはず。」
このエピソードは、No.5が単なる香水ではなく、彼女の哲学と運命を宿す存在であることを物語っています。
当時の香水といえば、花や果実といった自然の香りをそのまま閉じ込めたものが主流で、どこか官能的で古典的なものが多くありました。
しかし、ココ・シャネルが求めたのは「花そのもの」ではなく、人の手と技が作り出した“抽象的な美しさを感じさせる香水”でした。
そこでエルネストはアルデヒドという合成香料を大胆に使用し、ジャスミンやローズ、ネロリ、イランイランと重ね合わせることで、圧倒的に香り立ちのよい華やかさとふわりとした清潔感、そしてパウダリーなニュアンスを持つ名作を生み出しました。
それはまるで、抽象画やキュビスムが芸術に革新をもたらしたように、香水の世界にも「革命」と言われるほど“新しい香りの価値観”をもたらしたのです。
No.5は“香り”であると同時に、“存在そのもの”と言われるのも、その抽象性ゆえでしょう。
「女性が香水をつけるのは、誰かに会うためではなく、自分のため。」
シャネルのこの言葉が示すように、No.5は「女性らしさ」の定義を変えました。
媚びるのではなく、自立と自由の象徴――それこそが、No.5の持つメッセージです。
時代を越えて、カトリーヌ・ドヌーヴ、キャロル・ブーケ、ニコール・キッドマン、オドレイ・トトゥら名だたる女優たちがこの香りを纏い、2012年にはブラッド・ピットが初の男性アンバサダーとして話題を集めました。
100年以上経った今もなお、No.5が語りかけてくるのは「香りは装うものではなく、語るもの」というメッセージです。
香りとは、時にその人の生き方を映す“芸術”です。
あなたにとってのNo.5は、どんな物語を紡ぐでしょうか。
アルデヒドってなに?
アルデヒド(Aldehyde)は、フレグランスによく使われる重要な合成香料の一種です。
パフューマリーの世界では「香りに光や空気感、抽象的な印象を加えるための素材」として使われます。
アルデヒドの香りの特徴
単体では決して「いい匂い」といは言えないけれど、フローラルと合わせることで香りを軽やかにリフトアップさせ、石鹸のような清潔感やほんのりとした粉っぽさを感じるモダンな香りを作り出します。
なぜ革命だったの?
1921年、シャネル No.5 にこのアルデヒドが大胆に使われたことで、それまでの「花の香り=そのまま自然を再現」という常識をくつがえしました。アルデヒドとフローラルの組み合わせにより、それまでとは別次元の香り立ちの良さを実現します。
それはまるで、「バラそのもの」ではなく「バラのイメージや空気感を香りで描く」ような、アートにおける抽象画(アブストラクト)のような香りづくり。
アルデヒドはまさに、“自然”から“印象”へと香りの概念を進化させた素材だったのです。
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